女神
まえがき
「美人は遅れて暮れる」
これは、私が五十歳で名人になったお祝いに、大橋巨泉さんが書いてくださった色紙の字句です。
色白の美人には、夜の眼戦がおりるのも遅いわけですが、五十歳の名人は史上最年長。
挑戦七度目にして、まことに涙の栄冠でした。
今回の勝因は、なんといっても “女神に好かれた” 【こと】 に尽きます。
どんな苦労をしても、どのような努力を積み重ねても、この女神に嫌われれば幸せにはなれません。
女神の研究をして五十〇年。
彼女に好かれるノウハウを、あまねく皆様方に公開したのが本著です。
勝利の女神は、謙虚と笑いを好みます。
人間さまの倫理や法による裁きとは、またちょっと違う判定を下すところがむずかしく、それだけに面白いとも言えましょう。
ある者は天才と謳われ、ある人は凡才を嘆く。
ビジネスにせよ、恋愛にせよ、幸運と不運、勝ちと負けはつきものです。
負けた側、失敗したほうには、必ずその原因があるはずですが、突きつめてゆきますと、女神の機嫌を損ねたことに到達してしまうのです。
この女性の、人間さまと違うところは、何度ヒジ鉄をくらわした者にでも、見直した点がありさえすれば、それまでの冷たい態度を急変させて惚れてくれることでしょう。
失敗しても、挫折しても、”どうしたら女神に好かれるか”と念じつつ努力さえしたならば、必ずや勝利の美酒に酔いしれることができる。
この一点を強調しておきたいのです。
持てる力をフルに活用させている人は、おそらく千人に一人もいないことでしょう。
ましてや、本人の能力のみならず女神の事にまで思いが及ぶ人は、万人に一人いるかどうかです。
本著をお読みになりさえすれば、誰にでも女神に好かれるポイントが、すぐおわかりいただけるはずです。
また、逆にどんな事をすれば嫌われるかも知れるはずです。
人間の美人を口説くのとちがって、この女神を口説くのはいとも簡単なことですが、それには ”素直な心” を持ち合わせていなければなりません。
今年は名人になりましたが、勝負師の常として、来年は泣くことになるかもしれません。
升田幸三先生は「笑えるときに笑え、いずれ泣くときがくる」と、よく語っておられたものです。
同時に、負けても笑える幸せと、勝っても不幸になる人生があることをも知らねばなりません。
ところで、あと二〇年たち七十歳になるまで、勝負の深遠さを研究したならば、この世で女神が最も愛した人物は「お釈迦さん」だと、確信しそうな予感がしてなりません。
平成五年初夏
米長那雄
第10章 仰げば尊し
友だちはありがたい。
【女房】は正しかった
厚みのある封筒を胸の内ポケットに入れて、将棋連盟を出た。
いい陽気だったので新宿まで歩くことにし、一人ブラブラと新宿御苑を通り抜けた。
そして出たのが新宿の南口。何やら大勢の人だかりがしている。
ああ、そうだった、ここは場外馬券売場だ。
昔はずいぶん通ったのに、もう何年も馬券を買ったことがない。
そうか、今日はダービーか。
新聞を見ると、六月十日生まれの馬が出走している。
私の誕生日だ。
一枠一番ナリタタイシ
騎手は武豊。
これも何かの縁である。
それにポケットはふくらんでいる。
私は、
すぐに女房に電話した。
「學ぶさんから思わぬ金が入った。この金で、私と同じ誕生日のナリタタイシンを買おう思うんだが、お前の意見を聞いてからにしたい。どうしたもんだろう?」
今まで、こんな相談を女房にしたことはない。
勝負師にあるまじき振舞いだ。
しかし、自分でも不思議だが、その日に限って、気がつくと女房に電話をしていたのである。
「すぐに帰っていらっしゃい!」
間髪を入れず、電話の向こうから返事が返ってきた。
私は一枠一番ナリタタイシンの単勝、それから、名人戦初挑戦から一七年目でタイトルを獲得し、しかも第四局は一一七手で勝ったのだから、枠番連勝と馬番連勝で一ー七を買うつもりだった。
だが、女房の一言で止めにした。
止めにできる自分が、また不思議であった。
かつて毎週土・日は競馬場へ通っていた男が、ダービーで賑わう場外馬券売場の前を素通りしようとしている。
雑踏を横目で見ながら、女房の言いつけに従って、足はわが家に向かっている。
これが、名人の心がけというものだろうか。
それとも、女房が恐い年齢になったというだけの話なのだろうか。
西武線にゆられて家に帰った。
やはり、今回の名人戦を境にして、自分では気がつかないところで、心境の変化が起こったのかもしれない。
数時間後、わがナリタタイシンは三着で、
女房の判断が正しかったことが証明された。

女神様の許可を得て 書きました
この 記事は 僕が社会に出て 起業して、最初に出会った書籍です
今でも私の心の奥深いところで 女神さま が 笑ってくださる ことを 想い続けるものです
あれから、もう 実に 22年が経ちます
わたしの女神さま は今も 顕在です(米長先生 大感謝します
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